マスメディア、マスコミは小判鮫に見えるこのごろ

tomonee2007-07-27


 今、最新号の金曜日が届きました。まずは表紙の糊綴じを丁寧にはがして…、最初に読むところは「編集長後記」というのが習慣になっています。

 自分の編集経験がそうさせています。小・中学生の頃の新聞づくり、就職してからの新聞部指導、職場の新聞作りなどの経験から記事全体をまとめる人の思いが一番気になるようになりました。

 金曜日の編集長さんが書く内容と自分のこの一週間の考えていたことがシンクロ率90%以上だったりするのが楽しいこのごろです。

 その北村肇編集長さんによるイイ言葉などをいくつか…

◆永田町は絶えず政局ゲームを展開し、マスコミもそれに乗じる。(金曜日664)
(政治献金政党助成金でゲームをしてる。カネで手に入れたマスコミの力を上手に生かせるかどうかがゲームの勝敗の分かれ道かな??と私も考えてきました。)

 政党助成金を貯めてあったり「夜の研修会」にも使ったらしい。「自民(貯金18億円)か民主(貯金28億円)か」といった金権ゲームの実況中継が腹立たしい。http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-07-27/2007072714_03_0.html
 マスコミには政治報道を公正に行ってほしいわ。

◆道端の雑草は、踏みつけられてもたくましく頭をもたげてくる。民主主義の主役は、無名の「強者」である。(金曜日663)
(署名のお願い、駅頭でのビラの手渡し、呼びかけ。「ウザい」「どうでもいい」と条件反射的に断られるのには慣れているつもりでいるけれど、ちょっぴり悔しいだけで、すぐに忘れることができる。しかし、ある程度の顔見知りから冷静な態度で理論的に拒絶されるのは悔しいというレベルではなく、何とも言いようのない、やりばのない怒りのようなものがいつまでも残ってしまうのは何故なんだろう。他山さんのコメント欄naraharaさんのやり場のないような気持ちが分らないでもないけれど、自分の思想を貫くには邪魔な感情を抑制すべきだと感じている。身近な人物を攻撃するのは今まで抱いてきた理想を歪めてしまわないか。根がリベラルでないなら仕方がないだろうけれど、主義を保つための冷静さはとても大事だと思う。ある程度の顔見知りと「もっと知りあいたかった」という欲求が満たされなかったために感情的な言葉が出ているのかもしれない。と最近冷静に拒絶された経験から思いました。悲しいものです。)