地位協定

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ローズアップ2008:沖縄米兵暴行1カ月 くすぶる地位協定
 ◇「再発防止の壁」改定要求の声

 沖縄駐留米海兵隊員が女子中学生に暴行したとして逮捕された事件から10日で1カ月。この間、日米両政府は事件が日米地位協定の改定問題に及ぶのを防ごうとしてきたが、再発防止策に決め手を欠き、95年の小学生女児暴行事件に次いで再び協定改定問題がクローズアップされつつある。他方、より大きな「沖縄の負担軽減」であるはずの米軍普天間飛行場(宜野湾(ぎのわん)市)移設は、米軍再編の一環として両政府が「合意通りの実施」を改めて強調。海兵隊グアム移転や戦闘機訓練移転が進む現状からは、「抑止力強化」という、米軍再編の本質が浮かび上がってきた。【三森輝久、上野央絵、古本陽荘】

 「共同パトロールは受け入れられない」

 那覇市の外務省沖縄事務所で7日開かれた米軍代表者と外務省、県、基地所在市町村代表者ら約50人による、米兵犯罪の再発防止を議論する「ワーキングチーム」の会合。沖縄県警捜査1課の島袋令(さとし)国際犯罪対策室長はそう言い切った。

 女子中学生暴行事件(被害者の告訴取り下げで那覇地検海兵隊員を不起訴にし、米軍が取り調べ中)を受け、米軍は異例の全面外出禁止措置を実施したが、その後も住居侵入などの犯罪が続いた。日米両政府が次の再発防止策と検討するのが、日本の警察と米軍の共同パトロールだ。

 ところが沖縄県警はこれに反発した。日米地位協定に関する日米合同委員会合意に、米軍と日本の警察が同時に米兵の逮捕現場に居合わせた場合、逮捕は米軍が行うのが原則との規定があるためだ。

 捜査権を持つ米軍憲兵ではなく生活指導巡回の一般米兵(CP)との共同パトロール案もあるが、県警は「事情聴取の間に憲兵が到着したら身柄は米軍に引き渡される」と拒む。実施には協定見直しが不可避との声が強い。

 日米両政府は、協定見直し論議を何より嫌う。「一度手を着けたら他国にも及び、際限なく続く」(自民党国防族議員)のを恐れるからだ。95年の女児暴行事件では米軍が協定を盾に起訴前の容疑者の身柄引き渡しに応じず、改定要求が一気に広がった。

 今回は事件発生直後、日本側が容疑者の身柄を拘束したことを理由に、「地位協定とは無関係」と両政府とも必死に協定改定問題を封じてきた。

 ライス米国務長官は2月27日に来日した際、福田康夫首相に謝罪して事件の「幕引き」を図った。だが、その後も不祥事が止まらず追加対策に追われるうち、図らずも協定問題が浮上してきた。

 慌てたケビン・メア在沖縄米総領事は6日の会見で、「逮捕の手続きが不明確というなら、日米合同委員会で協議する用意がある」と述べ、運用改善で対応する姿勢を示したが、一方で「地位協定自体の見直しにはならない」ともクギを刺した。

 日本の外務省は「共同パトロールは神奈川県の米海軍横須賀基地周辺で94年から実施されているが、神奈川県警は何も言ってきたことがない」と協定の運用改善にすら慎重だ。

 在日米軍による事件・事故は、02〜06年度に全国で起きた9193件のうち、5193件(約56%)が沖縄に集中する。沖縄県警幹部は「米軍がまず考えるのは自国民の保護。政府間で運用改善を決めても現場まで徹底されない。共同パトロール案は机上の議論だ」と指摘。あくまで協定改定を求める機運が出ている。

 ◇進む再編、減らぬ負担

 いたちごっこのような在日米軍の犯罪対策をよそに、米軍再編は着々と進んでいる。

 沖縄から海兵隊司令部と約8000人の隊員が移転する米国領グアムは、米軍再編で基地機能が最も強化される地域の一つ。2月に訪れると、太平洋に浮かぶ島は空前の建設ラッシュのただ中にあった。

 空軍アンダーセン基地は、18カ所で建設作業中だった。すでにB2ステルス爆撃機の巨大な格納庫が完成。無人航空機グローバルホークの格納庫工事も始まった。海軍アプラ基地は、核ミサイル搭載型からトマホーク巡航ミサイル搭載型に改造された原子力潜水艦オハイオが配備された。

 基地の強化は「急速な軍拡を続ける中国けん制の要塞(ようさい)化が狙い」(防衛省幹部)。日本政府は沖縄から移転する海兵隊司令部庁舎などに約28億ドル(約2900億円)を支出。さらに軍人の家族住宅建設費など32億9000万ドル(約3400億円)も負担する。

 「見返り」に、米側はグアムでの日米共同訓練を増やす。「沖縄の負担軽減策」とされる海兵隊のグアム移転は、米軍と自衛隊が一体となる対中戦略の強化に他ならない。

 もう一つの「沖縄の負担軽減策」が、F15戦闘機の訓練移転だ。昨年3月以降4回にわたり、米空軍嘉手納基地のF15戦闘機が本土の4航空自衛隊基地に移動し、訓練を実施した。

 だが嘉手納町基地渉外課によると、この間訓練を移転した実質14日間のうち11日間は、移転していない日の平均を上回る回数の騒音を記録した。嘉手納基地に常駐するF15戦闘機は53機だが、訓練移転に参加したのは1回当たり2〜5機。残る戦闘機による訓練は続いており、騒音は決して軽減されていない。

 これとは別に行われた5回の訓練移転は、本土間のもので沖縄は無関係。移転は沖縄の負担軽減ではなく、日米共同訓練の回数を増やすことに力点がある。

 在日米軍のライト前司令官は2月21日、離任あいさつで石破茂防衛相に「日米同盟の相互運用性を高める」と、訓練移転の意義を自賛した。

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 ■ことば

 ◇日米地位協定

 日米安保条約に基づき在日米軍人・軍属の日本での法的地位を定めた協定。米兵が事件を起こした場合、起訴までは日本側に身柄を引き渡さなくてもよいとするなど、日本側の犯罪捜査の障害となっている。1960年の締結後一度も改定されず、95年の女児暴行事件で、殺人や強姦(ごうかん)の凶悪犯罪に限り、起訴前の身柄引き渡しに米側が「好意的考慮を払う」などの運用改善が行われた。

 沖縄では、すべての犯罪で起訴前身柄引き渡しを明記するなどの協定改定を求める声が改めて強まっている。

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 ◆普天間問題と米軍再編を巡る動き◆

95年 9月 沖縄で米兵3人が小学生女児に暴行。米軍が身柄拘束

   10月 容疑者の身柄引き渡しを巡り日米地位協定の運用改善で日米合意

   11月 大田昌秀知事(当時)が村山富市首相(同)に地位協定改定と基地整理縮小を求める

96年 4月 普天間飛行場の5〜7年以内全面返還で日米合意

   12月 代替施設を沖縄本島東岸沖の海上施設とする日米特別行動委員会(SACO)最終報告を了承

02年 7月 辺野古沖2500メートルの代替施設基本計画を決定

04年 8月 普天間飛行場に隣接する沖縄国際大学構内に米軍大型輸送ヘリが墜落。発生直後、米側は日米地位協定を盾に沖縄県警の現場検証すら認めず

05年10月 移設先を辺野古沖からキャンプ・シュワブ沿岸部に変更することで日米合意

06年 5月 米軍再編のロードマップで日米合意。普天間代替施設は滑走路2本のV字形、海兵隊グアム移転

    6月 米軍弾道ミサイル防衛用「Xバンドレーダー」を航空自衛隊車力分屯基地(青森)に配備

   10月 米軍の地上配備型迎撃ミサイル「パトリオット3(PAC3)」を米軍嘉手納基地(沖縄)に配備

07年 3月 嘉手納基地F15戦闘機の訓練移転を空自築城基地(福岡)で初めて実施

   11月 政府と地元自治体による普天間移設協議会で県がV字形案の沖合移動を要求

   12月 米陸軍第1軍団新司令部の前方司令部がキャンプ座間(神奈川)に発足

08年 2月 沖縄で女子中学生に暴行したとして米海兵隊員を逮捕

毎日新聞 2008年3月9日 東京朝刊