山が消えた―残土・産廃戦争

山が消えた―残土・産廃戦争 (岩波新書 新赤版 (789))

山が消えた―残土・産廃戦争 (岩波新書 新赤版 (789))

http://www1.cnc.jp/danpukaidou/yamasuna_saisyu.html
千葉県南部の君津市市原市、富津市、木更津市袖ヶ浦市では、1960年代から首都圏で使われるコンクリートの材料や東京湾埋立のために、大量の山砂が採取されてきました。これらの山砂によって、東京湾の5分の1(25,000ヘクタール)が埋め立てられ、そこには三つも製鉄所がある京浜・京葉工業地帯のほかに、羽田空港、湾岸副都心、横浜みなと未来、千葉海浜ニュータウン、デイズニーランドなどが出現しています 。
1973(昭和48)年ごろに山砂の採取量が急増しましたが、これは神奈川県・川崎市沖の扇島の埋め立てのためです。また最近の急増は、羽田空港の第4次埋め立てのためです。千葉の山砂は、関西国際空港中部国際空港静岡県の熱海海岸の埋め立てなどにも使われました。
房総丘陵の山々が次々と消え、すでに約3000ヘクタールの森林が消失したといわれます。これは東京ドーム野球場(1.3ヘクタール)の約2300倍の広さです。
この周辺の山砂は、今から80万年前の第四紀洪積世に房総半島が海底に沈んでいたころ、関東北部の群馬や栃木の山地から流れてきた土砂が堆積したものです。山砂は東京湾沿いの富津市から内陸部の市原市にかけて、幅3キロ、長さ36キロにわたり帯状に埋蔵されています。

山砂の採取が始まったのは昭和40年(1965)ころからです。それから約10年後の昭和51年に、ダンプ公害の訪問調査を、東京大学医学部保健学科の学生実習として実施しました。深刻な被害に驚き、騒音、振動、粉じんの測定、そして塵肺検診と深入りし、後述の文献1〜6を次々と発表しました。これらの研究は粉じんを減らし、呼吸器疾患を未然に防止し、過積載を無くし、バイパスの開通などに役立ったと自負しています。


調査の結果、ダンプ公害は騒音、振動、粉じん、泥はね、交通事故などによる複合的で、かつ残酷な公害でした。しかし、住居が道路から離れるほど物理的な影響は減り、迷惑度も減っていました。また「山砂産業との係わりがあると苦情が言いにくい」ことや、迷惑度の違いによって苦情や意見が集落内でまとまらないために、沿道の被害住民は長年泣き寝入り状態にあることが判明しました。

憲法学者宮沢俊義さんは、「人間は、他人の不幸を我慢するべく充分に強い」 と述べています。つまり、「国の発展のためには、どこかの街道沿いの住民が困っても、しょうがない。自分は困らない」 といった心理が作用して、少数者にしわ寄せがゆき、それが常態化してしまうのです。

地球レベルでは、「北」の人間は「南」の資源を浪費して、地球に負担をかけていても、それに気付いていません。それと同じように、都市の多くの消費者は、地方の資源や住民に犠牲を強いていることに気付いていません。そのうえ、ダンプ街道では、住民の心理的な状況に個人的な差があります。一方、山砂業者や千葉県議会、地元の市議会などの取り組み姿勢は、開発至上主義となっています。このような条件が重なり合って、ダンプ公害が20年も長引き、「山が消えて山ができた」のだと思われました。

そこで、それらを 「山砂ダンプカーの地域住民に及ぼす影響、ならびに住民の社会的反応に関する保健社会学的研究」(文献6)にまとめ、昭和59年に東京大学医学部で保健学博士を取得しました。


ダンプカー運転手62名にも、学生が助手席に同乗して面接調査しました。彼らは1000万円もするダンプカーを月賦で購入し、交通事故などの危険負担をすべて自分で背負い、一日に20時間も突っ走っています。しかし、何十年も据え置きの低運賃と過当競争、燃費などのために、赤字になりやすい気の毒な職業であることが判明しました。それは、まるで現代版の「女工哀史」のようでしたので、それらを論文にして発表しました(文献4)。

20年後に彼らの消息を追跡してみると、62名のうち15名が帰郷し、ダンプカーを続けていたのは20名でした。しかし、10名が死亡しており、それらには40才代が多くいました。注目されるのは、何と3名(5パーセント)が自殺していました。以前の調査対象者以外ですが、平成20年10月にも1件発生しています。


ダンプ公害が起きてから小糸地区では20年後に、小櫃地区では30年後に、おもに水田地帯を走る「バイパス」が開通し、住民のダンプ公害は軽減しました。しかし、山々の喪失は依然として続いています。すでに総採取量は6億立方メートル(12億トン)に達しています。

これは直径が150メートル、高さが60メートルの半球形をした東京ドーム野球場の500個分の容積です。また一辺が100メートルの立方体で600個分です。1立方メートル(1リューベ)を2トンとして計算すると、12億トンです。このような恐るべき量の山砂を採取した結果、何と「半島が持ち上がる」という現象が進んでいます。

建設省国土地理院地殻変動解析室長の故・多田 堯さんは、昭和57年に「山を削ると地殻が隆起する」(地震、1982)という論文を発表し、「富津市浅間山から2億立方メートルの山砂を採取したために、1980年までに付近の地殻が8センチも隆起した」と述べています(文献7)。

また多田さんは、「その後の採取量を考えると、20センチ程度の隆起もありうる」と筆者に語っていました。ところが楡井 久・茨城大学教授は、「阪神淡路大震災と六甲山の土砂採取(約2億立方メートル)との関連も、考えられないことではない」と、INDUST(2002)という雑誌で述べています(文献8)。


このような山砂産業のいろいろなマイナス面や外部不経済性が、国の発展のためとか地場産業の育成などの名目で、いつも後回しにされて今日にいたっています。しかも、そのような振れ込みの一方で、、千葉県は山砂の採取認可量はわかるが、実際の採取量は不明だというし、採取場の面積も非公開だといいます。

また平成18年度の千葉県全体の山砂「採取量」は1822万立方メートルである(経済産業省)のに対し、南房総センター管内(上記の5市)の「採取認可量」は3389万立方メートルで、両者には大差があります。

なお、最近3年間の上記の5市における採取認可量は8167万立方メートルで、これは東京ドーム66個分、一辺が100メートルの立方体で81個分という膨大な量です。千葉県が誇る漁業や農業のように、年間の採取量とか売上高を明示して、社会的貢献度を広報誌や教科書などにも公開するべきです。

 *[環境保護]「鬼泪山「国有林」の山砂採取に反対する連絡会」より
鬼泪山「国有林」の山砂採取問題を引き起こした(株)ちばぎん総研のズサン極まりない調査報告書〜問われる企業モラルと説明責任
 鬼泪山「国有林」の山砂採取問題で10日に知事宛に、「鬼泪山「国有林」の山砂採取に反対する連絡会」が申し入れた。
 
 この問題の発端となったのは去る10月15日に閉会した千葉県議会において、請願「富津市鬼泪山国有林104林班ほかの山砂採取事業の、早期着手に向けての土石採取対策審議会の早期開催を求めることについて」が自民・公明の賛成多数で可決されたことであるが、県議会において請願採択の唯一の根拠となったのが(株)ちばぎん総研が作成した「国有林104・105林班開発事業に関する検討調査」調査報告書だった。
しかし、この調査報告書においては、事業推進の最終結論を強引に導き出すために、諸課題を過小評価あるいは無視する一方、あいまいな根拠を前提とした経済波及効果の試算が行なわれている。これは、中立公正であるべき調査研究機関(シンクタンク)として自殺行為に等しい行為であると指摘せざるを得ない。
 連絡会は要望書に添付して「(株)ちばぎん総合研究所作成の「国有林104・105林班開発事業に関する検討調査」調査報告書に対する見解」書を提出したので、以下に紹介する。

2008年11月10日
(株)ちばぎん総合研究所作成の
国有林104・105林班開発事業に関する検討調査」調査報告書に対する見解
鬼泪山「国有林」の山砂採取に反対する連絡会
1.調査報告書の結論及び取り扱いについて
 当該調査報告書は、課題を指摘しつつも、鬼泪山の山砂採取には経済波及効果が大きいことを理由に、事業推進の最終結論を導き出している。
最後のまとめと思しきページに「◇行政の果たすべき役割」という項目あり、「山砂採取の事業のあり方としては、『山の一部を削る』のではなく、『山全体を取り崩して、そこを平地として別の目的に活用していく』という発想が望ましいといえる。」という見解が述べられている。しかし、当該調査報告書には、こうした大胆な見解を述べるだけの研究や検証の実績がほとんどない。唯一客観的に導き出されている産業連関表を用いた経済波及効果の予測数値も、前提条件に仮定が多く、説得力は弱い。一方、述べられている課題は既に一般化されたものであり、当該対象地域の影響評価などのきめ細かな調査・考察は行なわれていない。山砂採取事業の推進という結論が最初にあり、その結論の正当性を補強するために、このような見解が記述されたようにみえる。
(1)こうした結論の導き出し方は、中立・公正な調査研究機関(シンクタンク)としては自殺行為に等しいといえるのではないか。当該調査報告書は、とうてい中立・公正な調査研究機関の立場で作成されたものとは思えない。
(2)当該調査報告書の発注者は、権威ある中立・公正な調査研究機関の意見として社会が受け入れることを期待し、請願採択の根拠として「国有林104・105林班開発事業に関する検討調査」調査報告書を提示しているが、ちばぎん総研は、千葉県の将来に大きな影響を及ぼす可能性のある発注者の取り扱いに全面的に同意しているのか。
(3)当該調査報告書が公の請願採択の根拠として取り扱われたことで、既にちば銀総研にも重要な社会的責任が発生していると考える。今後、ちばぎん総研は中立・公正な調査研究機関として、説明責任のほかに、当該調査報告書に記述されている経済効果の内容を精査すること、当該開発の課題解決に向けた詳細を研究調査すること、それらを実施するために関係者との対話・意見交換を活発化させることなどについて対応する責務がある。
(4)安価なコンクリート材料の供給と水を大量に使用する施工方法が不要不急の公共事業を推進し数十年という短寿命のコンクリート構築物を造ってきた。
循環社会の実現という面から、今後の公共事業の方向としてコンクリート再生骨材の利用、施工方法の見直しによる数百年単位の長寿命化の推進とともに、自治体財政の面からは既存施設の維持修繕による延命化が主流となり、新規の公共事業量は大幅に減少するものと思われる。
 以上のことを一顧だにせず、国有林をつぶしてもコンクリートの骨材供給が今まで通り必要とすると主張するのは発注者に迎合した結果と思われる。
2.環境問題に対する取り組み姿勢について
環境問題は人類が直面する大きな課題であり、持続可能な社会を実現していくために、産官学民の取り組みが問われている。夏の洞爺湖サミットでは「地球温暖化防止」が主要テーマになり、千葉県においても「生物多様性保全」への取り組みが始まっており、環境に付加を与える経済活動や事業の見直しに多くの人の注目が集まっている。
千葉県には「法人の森制度」があり、当該対象地域の鬼泪山の国有林は、ちばぎん総研の親会社である千葉銀行が分収林の管理者となり「ちばぎんの森」と称して植林や下草刈等を行なっており、こうした環境保全活動が地域貢献として評価されている。
当該調査報告書は、経済活動を優先し環境についての十分な調査・考察が不足しており、通り一遍の課題の列挙にとどまっていることから、千葉銀グループ全体の環境ポリシーを疑わざるをえない。ちばぎん総研は千葉銀グループではあっても、独立した企業として経済問題と環境問題をリンクさせていく明確な方針を持つべきである。
3.産業連関分析の課題について
 当該調査報告書が行なった客観的分析は、ほぼ「産業連関表を用いた経済波及効果分析」のみである。経済波及効果の数値「50年にわたって51億円もの経済効果が地域に波及する」は、現実には曖昧な数値といわざるをえない。
産業連関表による地域の経済効果予測は、地域経済が被るマイナス効果等は計算されないなど、単独では大きな意味を持っていない。例えば、環境が破壊されれば、被害を受ける産業や生活者があり、修復のためのコストなどが必要になるが、それらは考慮されない。産業連関分析だけの調査は、次のような欠陥があるが、一方で数字だけが過大評価される恐れがある。
■当該調査報告書では、平成12年の千葉県の産業連関表を用いており、平成12年時点の千葉県の産業構造が50年間もまったく変わらないわけがなく、あくまでも変わらないことを前提にした仮定の数字である。
■当該調査で意味を持つのは、富津市及びその周辺に限定された産業連関表であるが、それは存在しないので、報告書では千葉県全体の産業連関表を用いて試算されており富津市及び周辺の地域性などは考慮されていない。例えば、他県からの山砂運搬トラックが増加するだけでも、従事者の地元での消費行動は変化する。
(1)平成12年の千葉県全域の産業連関表で50年先まで予測することには無理があり、そのことのみから経済効果を予測するのは、少々無理がある。
(2)当該調査報告書の産業連関分析が特定の仮定を前提にしていることであることを発注者に十分に説明しているのかどうか疑わしい。当該調査報告書が公の審議・決断等にも影響がある可能性が出てきているが、ちばぎん総研は今後産業連関分析の限界について証言する責務がある。
4.山砂採取事業と地域振興の矛盾について
山砂採取や残土産廃による環境汚染、それに関連して走り回る大型ダンプ、これらが地元民の生活や他の産業に与える影響は広範囲である。一方で地域振興の方策として「観光立県ちば」、「ディスティネーションキャンペーン」と称して、房総地域には資金や労力が投入されてきている。千葉県は「住んでいいまち、訪れていいまち」とまちづくりの方向性についての言葉を並べているが、訪れていいまちは、住んでいいまちでなければならない。しかし、こうした千葉県の産業構造の矛盾が観光地のブランド力が向上していかない状況が生み出している。
当該調査報告書は、当該開発対象地域の山砂採取による雇用効果を、年間284人と算出しているが、これだけの効果があったとしても、むしろ観光産業や一次産業を育てていくことでそれ以上の雇用効果を生み出し、地域活性化や地域福祉につながっていく可能性もある。
(1)当該調査報告書は、作成者の作文ではなく、関係者や専門家に対するヒアリング調査も行なっていると思うが、ヒアリング先やその内容を明示すべきである。
(2)ちばぎん総研は、会社案内等で「地域密着型シンクタンク」を表明しており、房総の将来ビジョンについて、自主的に開かれた場で議論し、公に政策を提言していく役割がある。